柏崎カリスマ聖会の前後にも光輪
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二重の虹のアーチをくぐりました!
11月15日の日曜日、新潟の教会の礼拝に向かう磐越道で、磐梯山から会津若松を超えたトンネルの所までずっと出続けていました。
聖書では、虹は、神さまからの祝福のしるしであり、また、神さまからの語り掛けの確認でもあります。
何の語り掛け、何の祝福のしるしでしょうか?
楽しみです。
ハレルヤ。感謝します。
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10月23日、柏崎市西山のふたば保育園でコンサートを行ったTrueVine(トゥルー・バイン)に会いに行った帰り、海沿いの道から帰ろうということになり、出雲崎、寺泊と海岸線を回って、新潟市に帰って来ました。
その途中で、大河津分水の河口の橋を渡りましたので、撮影しました。
野積橋というようです。
大河津分水は、新潟県燕市で信濃川と分流し、長岡市を抜けて日本海に流れる分水路です。(ウィキペディアより。以下、同。)
全長は9.1km。川幅の変化が特徴的で、分流点の分水側に設置されている可動堰付近では約720mあるのに対し、河口付近では約180mとなっているそうです。
通常、川は河口へ向かうほど幅が広くなるが大河津分水では逆となっています。
これは、河口付近2キロが山地となっているため掘削土砂量を減らす必要があったことともに、川幅を狭め河床を急勾配にすることによって流速を早め、洪水時に、より多くの水を流すように設計したためだそうです。
信濃川流域は洪水に悩まされていたため、最初、享保年間に三島郡寺泊(現長岡市)の豪商、本間屋数右衛門らが江戸幕府に対し分水建設を請願したが、許可されなかったそうです。
結局、明治維新後の1869年に白根の庄屋、田沢与左衛門らが分水工事を越後府に請願。ようやく分水工事を行うことが決定し、1870年に工事が始められました。
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教会の別のメンバーから、「今日の午後、白根から亀田に向かっている道中にものすごく綺麗な虹を見ました。とても大きく携帯では全部入らず、一部だけですが送信します」と、画像を送ってくださいましたので、ご紹介します。
サムエル笠原信生牧師も今日、3回も虹を見たそうです。
→サムエル笠原信生牧師のブログ「Pa・De・Goブログ」へどうぞ。
そういえば、先週の水曜日には、ほかの教会の姉妹が彩雲を見たと言っていました。
教会に立て続けに虹が現されています!
しかも、イスラエルチーム中に!
感謝します。
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教会のメンバーから、虹の画像とともに、報告がありました。
昨日27日(月)午後2時20分ごろ、名古屋からの帰りの高速道路で、岐阜県から富山県に入った辺りで虹を見たそうです。
初めは地上から少しだけ立ち上がって見えたので、虹かなと期待を持って見たそうですが、間もなく消えてしまったそうです。
すると、少し長い虹が現われ、しばらくするとまた消えてしまったそうです。
そんなことを4〜5回繰り返した後、アーチ型の大きい見事な虹が現われたのだそうです。
この写真は2時30分ころのものとのことで、今朝のお祈りの中で、エジプト・イスラエルチームの出発時間と一緒なのでびっくりして報告したとのことでした。
ハレルヤ。感謝いたします。
エジプト・イスラエルチームの出発は、27日(月)の午後2時20分ですから、ジャストぴったりの時刻ですね。
主の導きを感謝いたします。
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コスモスも秋らしさを感じさせる花ですね。
秋桜(アキザクラ)という和名もあるようです。
でも、ウィキペディアで調べると、コスモスも、セイタカアワダチソウと同じく外来種です。(名前から、そうだと分かりますが。)
「原産地はメキシコの高原地帯。18世紀末にスペインマドリードの植物園に送られ、コスモスと名づけられた。日本には明治20年頃に渡来したと言われる。秋の季語としても用いられる。」
ということで、明治からのもののようです。
セイタカアワダチソウの方は、昭和になってからということなので、歴史の深さ浅さで印象が違うんでしょうか。
「日当たりと水はけが良ければ、やせた土地でもよく生育する。景観植物としての利用例が多く、河原や休耕田、スキー場などに植えられたコスモスの花畑が観光資源として活用されている。」
とウィキペディアでは続けていて、コスモスの方が、セイタカアワダチソウよりも、より日本の風土、風景に浸透していることが分かりますね。
ただ、
ただし、河川敷の様な野外へ外来種を植栽するのは在来の自然植生の攪乱であり、一種の自然破壊であるとの批判がある。」
とも書いてあり、やはり、外来種には違いない、ということのようです。
コスモス、きれいはきれいなんですけどね。
(その意味で、同じ外来種で、毛嫌いされているセイタカアワダチソウの方は、何か、かわいそうな気もしますが。)
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セイタカアワダチソウの隣で、ススキも頑張って咲いていました。
ウィキペディアで、「セイタカアワダチソウ」について、
「湿地を好み、休耕田や川の土手にもよく生える。在来の湿地性植物群落に取って代わったような場所もあり、このような場所では現在も駆除に苦労している。」
と書いてありますが、かつてススキが生えていた河原の土手に、セイタカアワダチソウが取って代わったような感じです。
それでも、この場所では、セイタカアワダチソウのすぐそばで、ススキも頑張って咲いていました。
ススキは、お月見の時の風景として、日本古来のものという感じですね。
ただ、今となっては、ススキと共生しているセイタカアワダチソウも、日本の今の風景として認めないといけないのかもしれませんね。
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夕日に柿の色とセイタカアワダチソウの黄色が印象的でした。
東京生まれの人はセイタカアワダチソウは、最近、増えてきた外来の植物なので、日本らしい風情が感じられない、と言うのですが、わたしが生まれ育った所、わたしの年代では、子どもの時から近所で見慣れていたので、何だか微妙に懐かしい感じです。
日本中に大繁殖したのが、昭和40年代以降だそうなので、年代や地域によって、感覚が違うかもしれませんね。
南の方から増えてきたのでしょうか?
ところで、ウィキペディアで「セイタカアワダチソウ」を見てみると、
「北アメリカ原産で、日本では帰化植物(外来種)であり、ススキなどの在来種と競合する。河原や空き地などに群生し、高さは1-2.5m程度になる。茎は、下の方ではほとんど枝分かれがなく、先の方で花を付ける枝を多数出す。花期は秋で、濃黄色の小さな花を多く付ける。種子だけでなく地下茎でも増える。
よくブタクサと間違われるが、別の植物である。」
とのことです。また、
「根から周囲の植物の成長を抑制する化学物質を出す。これはcis-DMEという名称で知られるが、この物質はセイタカアワダチソウ自身の成長も抑制する。」
また、
「一時は気管支喘息の元凶だと思われていたが、セイタカアワダチソウは虫媒花で風媒花ではないため、無関係と考えられている。実際、日本への移入は養蜂家が蜜源植物として利用するためであったとされており、風媒花でないことは明確である。」
とありました。
セイタカアワダチソウは、花粉を飛ばさないから、花粉症の原因ではないんですね。
セイタカアワダチソウの花が目立つ季節に秋の花粉症が強くなるので、セイタカアワダチソウを疑っていましたが、疑って悪かったです。
また、
「第二次世界大戦前に日本国内に入ったともいわれるが、実際に目立つようになったのは第二次世界大戦後で、昭和40年代以降には全国で大繁殖するようになった。その頃の、空き地に生えている様子は、背が高く、隣の平屋の民家が押しつぶされそうに見えるほどの勢いがあったが、平成に入る頃にはあまり派手な繁殖が見られなくなり、それほど背の高くないものが多くなった。」
とあります。
セイタカアワダチソウも、それほど自己主張しなくてよくなって、日本の風土に根付いてきたということでしょうか。
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